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[日刊スポーツのSNSへの投稿記事から転載]

遅くなりましたが万馬券とりました。

コンピでいうと6位から最下位(14位)です。

現在最下位の指数順位の馬が2着以内にくるレースの見極めを
いろいろなデータをいじりながら探しています。

0b896825.jpg











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先週、長野にある地元の安曇野警察署に古物商免許の申請をしてきました。

申請用の書類は長野県警のHPには必要な書類の説明があってもダウンロードできる書類がありませんでした。

仕方がないので、警視庁のHPから同じものを説明用にダウンロードしてから申請書をもらいにいくことにしました。

いっしょに添付する東京法務局が発行する書類「登記されていないことの証明書」と本籍地の市町村役場で発行してくれる「身分証明書」はあらかじめ手にいれておきました。

やっぱりというか、安曇野では古物商の免許を申請する人なんてほとんどいないんでしょうね。
応対にでてきた警察の人から「長野県警のHPにダウンロードできる書類があっただろう?」と聞かれました。
私は「警視庁のHPにはありましたが長野県警のHPでは見つかりませんでした」と説明しても最初は信じてくれませんでした。
警察の人が職場のPCで長野県警のHPを確認してからやっと申請書類一式を渡してくれました。

それと合わせて記入方法の詳しい説明を親切に(最初と違って?)してくれました。

20090920-1-002.jpg










上のSSの申請書類一式の中には出ていませんが、住民票のある住所に確かに住んでいる証明としてアパートの賃貸契約書をもってきて下さいといわれました。

それで次の日に全部用意して持っていきました。
手数料の19000円は警察署の1階の窓口であらかじめ買っておきました。

昨日の警察の人に書類のチェックをしてもらって書類上はOKをもらいましたが最後に連絡先の電話番号で携帯の番号も必要だと言うのです。

なんでも私が書いておいた固定電話の番号だけでは警察から確認の電話を入れたときに私が不在だった場合は「そこに住んでいないとみなして免許の発行ができない」からだと言われました。

下のSSは警視庁のHPにあった申請書類ですが携帯番号をいっしょに書くようにはできていません。

20090920-1-003.jpg










それで固定電話にかけても携帯電話にかけても電話に出なかったら「そこに住んでいないことになるから免許は許可しない」と再び言われました。

私もそのときは「ああそうなんですか」と納得したような返事をしましたが後から考えるとおかしな話です。

「電話に出ないからそこに住んでいないことになる」というのはどういう理屈なんでしょう?
これははたして古物商免許を発行できない正当な理由になるんでしょうか?

日本全国全ての警察署がこんな対応をしているんでしょうか?

ちなみに電話をかけるのは、なにも問題がなければ免許が発行されるまでの40日間の中のいつになるのかは分からないということでした。

正直なところ平日に仕事を持っている私にはすぐに固定にせよ携帯にせよ電話にでることは難しいですね。
ということで今回の古物商の免許については半分あきらめています。

さてこれからどうするか?
こうなったら長野から引っ越して東京に戻って古物商の免許を取り直すしかなさそうです。
でもなんだか釈然としないな~。
今年の夏は個人的に思うところがあってリネをしないで別のことをしておりました。
東京にいるときは気軽にやれた競馬も長野にくるとネットで投票はできますが情報集めにひと苦労です。

夕刊紙(日刊現代とか東京スポーツとか)が次の日の朝にコンビニにならびます。
とうぜんその日の夕方に並んでいる夕刊紙は前日のものです。
だからなのか長野にきてから近所のコンビニで日刊現代があっても夕刊フジは見かけません。
ひょっとしたら長野の人は日刊現代が夕刊紙だということも知らないかもしれないや。
競馬新聞や月曜発行の競馬ブックも店によっては先週のものが普通に売られていたりもします  (  Д ) ゚ ゚
そんなこんなで最初の頃は何度だまされたことか_| ̄ |○

情報を集めるための1ヶ月の必要経費は私の場合は競馬専門紙(450円)と東京スポーツ(130円)に
月刊誌(サラブレとか)やネット版のコンピやJRA-VANの利用料やらで1万円近くになってますね。
今のところ馬券代は1レース2000円程度を上限にしてレースも絞り込んでます。
それとJRAのホームページにある Club A-PAT に登録しておくとネット投票で買った馬券の
収支管理がパソコン上でできます。



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20090914-1-002.jpg
    先月の成績(馬券収支)は・・・・大赤字でしたね。
    10回買って(全部で14000円使った)みて2回当たったけれど
   払い戻しの合計が630円とは・・・・・
   1ヶ月間、何をしてたんだろう。
   はずれまくって自分の馬券スタイルを変えてみたことも
   さらに追い討ちをかけていました。

完全にリズムが崩れてがっくりきてリネをする気も起きませんでした。
だいたい今年はまだプラス収支になったことがない。

このまま攻め続けるか少し休んで運気が好転するのを待つか迷いましたが、東京にいたときも夏競馬の馬券成績はこんなものだったからと割り切って少し続けることにしました。
私の買い方は基本的に馬連で大穴(万馬券)狙いです。
軸馬は5番人気~9番人気内の馬から一応2着以内にきそうな馬をそのときの気分で選んでいます。
相手は1番人気から4番人気の中から 1~2頭、5番人気から ブービー人気の前までから3~4頭、
ブービー人気と最低人気で2頭の7点買いです。
買う割合は上の3パターンから1頭が2割、残りが1割という形が基本スタイルです。


20090914-2-1.jpg    でも今回は、げん担(かつ)ぎで1番人気を軸に買ってみました。
    秋競馬開幕初日に運良く1レース当たった。
    それも私の買い方の本線で。
 





これで少しは気分が晴れました。
レースの選択さえ間違えなければ秋競馬はそこそこやれる手ごたえをつかみました。
リネ復帰も近いと思います。
とりあえず秋競馬最初の成績は次のようになりました。

なんか赤い線が伸びている・・・・・・?

20090914-1-003.jpg








20090914-2-3.jpg  運良く万馬券を当てることができました。
  ギャンブルの世界はまぐれだろうとビギナーズラックだろうと
  とにかく「勝てば官軍」の鉄火場です。
 
  「払い戻し金別成績一覧」のページでは
  「万馬券的中証明書」なるものを表示できます。



20090914-1-004.jpg










私が軸で買った馬(6番人気)から最低人気へ流した馬で偶然的中しましたが、
万馬券を取るときはこんなものですね。
先月の負けから一発大逆転になりました。
もっとも馬連で9万馬券は私のとった万馬券の最高配当です。
いままでは2万馬券が最高でしたから。
土日が終わって少し落ち着きを取り戻したから改めて自分の馬券スタイルを見直すことにしました。

20090914-1-007.jpg


  騎手別に馬券成績を表示させる画面があります。
  これをみると大穴狙いの私らしく買っている騎手に偏りがありました。
  この買い方で一発大逆転ができるんだから
  今年は今のスタイルを貫き通すことにしました。




この調子で毎月このくらい馬券で稼げればこれ一本で食べていけるんだけど。
これからは、もしも1レースで50万以上の払い戻しを受けたレースがあったすれば
むやみやたらにに曝(さら)すわけにはいきませんが、確定申告ができるくらいに頑張ってみようかな?

[参考]

20090914-2-4.jpg











[日刊スポーツのSNSへの投稿記事から転載]

当時まだエビナスペシャルという言葉が生まれていなかったような気がします。

関東の競馬新聞に一馬(いちうま)という新聞がありますね。
そこが、有料の予想サービスを始めたばかりのお話です。

[日刊スポーツのSNSへの投稿記事から転載]

私は競馬歴10年ほどですが、エビナスペシャルという言葉が
流行った翌年から馬券を買うことを一時辞めていました。


[日刊スポーツのSNSへの投稿記事から転載]

たしか蛯名さんと武さんは同期でしたね。

去年はノリさんがダービージョッキーになったから今年は・・・・。

私自身は数年前のエビナスペシャル(ESP)で馬券の方が
さんざんな目にあった経験がありますが、今年は頑張ってほしい。

そんな歌があったような気がする・・・・・・・・
著作権がどうたらこうたら書いてあるからまずかったら削除します。

LinC2009-0622-1-0001.jpg










あたり前のことだと思うけど、だます側の人間はだまされる側の気持ちなんかは
これっぽっちも考えていないと思うよ。そういうフリはするけどね。

私の父のヒロシさんか・・・・・・。

いろいろあったな・・・・・・・・・。

1.小さい頃に最初に電話のやりとりで覚えたことは「居留守」の方法。

家の黒電話がなっているのに父が出ようとしないで私に出ろという。
相手「ぼく、お父さんはいないの?いたら変わって」
 父(小声で)「いないと言え」
 私「お父さんは今お仕事に行ってて家にいないの」
 今になって思うとサラ金の取立ての電話だったかも。
 
2.小学校のときは休みの日に父はよく金沢競馬場や三国競艇場に連れて行ってくれた。
 
 私は遊び場で遊んでるだけ。父が何をしているのか分かってません。
 私にものごごろがついたころ母がぽつりと・・・・・。
「うちのお父ちゃんな。よく競馬場とか連れて行ってくれたでしょう」
「うちに帰ってくるといつも今日はこれだけ勝ったとか言ってな、
 おみやげ買ってきたりしてたけど
 あれな、本当はサラ金で金借りてきてたんや」

 なるほどそれであの電話になるわけだ!

 
3.中学校のとき自販機の業者さんがうちの前にジュースの自販機を置いてほしいときました。

そして補充用のジュースもケースごと置いていってくれました。
 
最初は父はこの自販機にお金を入れて飲んでいました。
やがて遊び友達がやってくるようになると、補充用に置いてあるケースからジュースを出してきては友達にごちそうするようになりました。
これってまずいよね?
自販機の売り上げを回収しに来た業者さんは売り上げが足りないから当然のごとく怒りました。

業者さん「お金はらってください」
父「今はない」
結局簡易裁判所へ訴えられて負けました(とうぜんか)
 
4.そんな父は町では「在所(ざいしょ)一番の遊び人」と呼ばれておりました。
 
仕事は自営業なのであるにはありましたが、仕事よりも仲間のつきあいの方が大事だといっている父だったので、青年団のまとめ役をやったり今でいうボランティア活動を好んでやっていました。
家の方は父のかせぎがほとんど当てにならないからとにかく貧乏。

 
5.小学校のころ「こども貯金」なるものがありました。「こども銀行」ともいいますね。
 
おこずかいを全部使わないで毎月いくらかの金額を郵便局で貯金するわけです。
これはこれでいいことだと思います。
それで私の父はお金に困ったときは「オレがやったこずかいだからオレのものだろ?」
私が小学校に行っているあいだに無断でおろして使ってましたね ヽ(`Д´)ノ
 
6.そんな父ですが、妹が結婚するときにはまじめに働くようになりました。
 
どうやら「在所(ざいしょ)一番の遊び人」では世間体がまずいらしい。
もっとも周囲は「あの遊び人がいつまでも続くはずがない」と冷ややかに見ていたようですが。
車も買い換えてましたね。中古だけど日産のセドリックに。
妹の結婚式の方は無事に終わりました。
 
7.その後しばらくしてから、やっぱりというか交通事故で働けなくなるアクシデントがおきました。
 
夜中に稲刈りの終わったあとの田んぼにハンドル操作を誤って突っ込んで怪我をしたという内容です。
原因は書かなくてもなんとなく分かります。信号など設置していない田舎の夜道だし。
心配して実家に駆けつけたら・・・・・・・毎日パチンコ屋に出勤しておりました_| ̄ |○
「けがで仕事ができんし、家にいても退屈だし。」
「そうそうパチンコ屋の店員さんと仲良くなったぞ。」
「当たりがそろうと、おめでとうございます!と言ってくれるぞ」
となにやら嬉しそう・・・・・・・。
もうなにも言うまい。心配するんじゃなかった。
 
8.それから数年後・・・・・母から電話がきて「いえが・・・・いえが・・・私のいえが・・・・」
 
わたし「ん? どうしたん?おやじ今度はなにをやらかしたの? 」
母 「いえが裁判所の競売(法律用語で「けいばい」と読みます)にかけられとる」
わたし「はああああああ?」電話では事情がよく分からなかったから実家に戻りました。
私がまだ小さい頃に父がやっていた事業の借金を今まで返済していなかった
(担保に家の権利書を渡しているのにもかかわらず)ので、しびれを切らした相手方が
競売にかけたと分かりました。相手方も完全に怒っていて慰謝料込みで5000万とか言ってるし。
いきなり言われても・・・・。で、どうすんの?ってどうなるわけでもなかったです。

競売の最低売却価格300万だったかな。
しかもこれって入札期間が決められていますね。
位牌に続いて先祖代々の土地と家もなくなりました。

在所の人たちもさすがにこれは気の毒だいうので土地を貸してくれました。
その上に平屋だけど新しく家を建てて今は暮らしてます。
家の費用は蕎麦屋で働いている弟が将来のれんわけをして独立するために貯めていたお金が使われました。
 
私の人生もいろいろありすぎたけど、父をみているとくよくよと心配しても始まらないと思います。

だって私の父は全部他人事だと思っているみたいだからね。

「人生七転び八起きや!いいときもあれば悪いときもある!」とかといった具合にさ。

自分の人生だから自分のやりたいように生きてみてもいいと思うよ。

その方がストレスをためずにすむし。

私の親父は自分のやりたいように生きてきたから、いまだにボケてもいないし元気だし。

私もそろそろ実家のある能登に帰った方がいいのかもしれないな。

家や土地はなくなったけれど、先祖代々のお墓がまだ残ってる。

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てんゆう(のり弁)
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性別:
男性
趣味:
ネットゲーム
自己紹介:
リネージュという韓流ゲームをしています。
その影響でアジアの人たち(特に中国と韓国)の思考方法を理解するつもりで、ネットでいろんな情報を集めるようになりました。
2012年からは休耕田を借りて新規就農しました。

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